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【本日の日誌】9/14シンポ 子どもへの虐待はなぜ起こる?

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東京JC江戸川区委員会主催 シンポジウム「子どもへの虐待はなぜ起こる?地域が今、子どもたちの為にできること」に行ってきました。

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写真:上段2枚=シンポ最初に行われた演劇。児童虐待とは何か。
中段=シンポジウムの様子。下段2枚=会場の様子。

 

「子どもへの虐待はなぜ起こる?地域が今、子どもたちの為にできること」
9月14日(水曜日)午後2時~4時
タワーホール船堀大ホール
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下記、青木のメモの書き起こしです。誤認やモレがあると思いますので、含みを持って読んでください。なお、これは全体の一部です。

 

尾木  「 なぜ児童虐待が起きるのか。ひとつは子育てのストレスの悪循環。加えて、子どもが育つ場所が脆弱。今の親が子ども時代を育ったときにはすでに脆弱。 」

尾木  「 国際調査で「子どもの幸福度調査」というのがある。日本の子どもたちは「孤独」。子どもを取り巻く環境はそういう状況にある。 」

尾木  「 学校では「朝のおはよう運動」などがある。とにかく「おはよう」と言わなくちゃいけない。これも子どもにとっては児童虐待に近い。 」

山田  「 親の孤独。子育てを知らない。子育てに関わる時間がない。 」

松平  「 小児科の開業医と児童虐待は結び付きがあまりない。実際にあまり診察に来ない。全体の1%。発見は、受診ルールを守らない、クレーム、予防注射や健診未受診など。最近は産まれたばかりの赤ちゃんが死亡する率が上がっている。被虐待児の若年化。望まない妊娠の予防までしなくてはならない。 」

多田  「 児童虐待がなぜ起きるか。私は昭和10年産まれ。児童虐待なんか聞かなかった。家族が多く、たくさんの地域の人との関係があり、その人たちから教育を受けた。少子化・核家族が、子育ての負担やストレスを生む。親子の愛情は普遍だと思うが、はみ出すケースがあり、これは悲惨。児童虐待防止の基礎は教育。地域で子どもを育てましょうということ。 」

多田  「 江戸川区にはすくすくスクールがある。地域のボランティアが支えている。希薄になった地域関係を子どもを中心に変える。得意なものを地域の大人が教える。全小学校でやっていて、全児童の7割が参加。中学2年生には職場体験をやっている。仕事を通して地域の力を集めている。 」

司会  「 児童虐待への不安を感じている保護者への対応は? 」

多田  「 地域の(一般の)人とどうやるかの模索が必要。つらいケースについて、(行政の責任で)助けることもする。うんと力を込めてやる。 」

尾木  「 学校を文化センター化してはどうか。学校を、地域の大人にとっての自分たちの楽しみの拠点にする。そこに子どもが混ざっていくイメージ。学校が小さな地域になっていく。地域の活性化につながるだろう。
江戸川区でやっている職業体験は、じつに重要。なぜなら、全国的に見て、1日か2日間やっているところがほとんど。5日もやることは立派。なぜかというと、5日もやれば失敗も体験できる。厳しいけれど、やり直したらできたという体験。ヨーロッパでは2週間やる。地域みんなで子育てする。大人も地域でほかの子どもに関わる喜びを得る。
いずれにせよ、住民からの発意を活かすと無限に発展する。結果論的に児童虐待はなくなる。 」

山田  「 時間をかけて変わっていく。変えていく。とても重要。
同時に今やらなくてはいけないこともある。専業主婦への支援は待機児童対策など仕事を持つ家庭の脇に追いやられている。サポートの仕組みがない。行政の相談機関はどこも忙しい。すべてを担えない。市民あるいは子育て経験者が、行政と一緒にやる仕組みが必要と考えて、活動を始めた。私たちは活動の評価や研修をやっているが、これらを含め、ボランティアを支える安心安全な仕組みも必要だと思っている。 」

司会  「 我々のような団体も、そういった支援機関を作らねばならないかもしれない。 」

松平  「 地域の支援があれば防げる児童虐待と、医学的に防げないものもある。発達障害。多動。注意欠陥。アスペ。これは社会性がまったくないものです。学習障害。つまり、言うことをきかない。大人はイライラしちゃう。親が、子どもの病気を理解し、しつけのせいじゃないとわかれば、行動療法などを通して変わっていける。ただ、親が被虐待というときは、児童虐待の連鎖で児童虐待が起きることは防げない。 」

司会  「 シグナルのキャッチはどうすれば? 」

多田  「 江戸川区では新生児健診。まず、母子手帳交付時に、面談とアンケートでなんか危ない家庭を抽出する。その家庭に訪問に行くなどしている。ほか、民生委員の協力による見守りも行う。幅広くやりながら、なるべく漏らさないようにする。
お母さんのお仲間づくりのために、20箇所ほど、子育てひろばを用意している。ほかには育成室も、発達障害の子ども用のを増やした。
かなり細かい施策にふみこんで、児童虐待という悲惨なところにいかないようにしている。 」

山田  「 私たちの活動はイギリスで40年前にスタート。行政と家庭の間に立つ活動をしている。 」

尾木  「 学校で児童虐待をキャッチできない先生は失格。シグナルはかならず出す。いじめも同じ。中学生ぐらいまでの子どもは、つらい思いを隠せるほど演技力はない。子どもを見ていればわかる。気付かない教師はやめたほうがいい。
気付いた教師は、ひとりで抱えてはいけない。学校も学校だけで抱えてはいけない。これだけで、100%救えなくても、かなり改善できる。
また子ども観。子どもは発達過程にいて未熟ではあるが、自分たちの所有物ではない。車や家に置いていくのは児童虐待。テレビ番組「はじめてのお使い」は、昔ならよかったかもしれないが、いまはだめ。超危険じゃない? 」

司会  「 あー、あの番組ですね。見ますよ。 」

尾木  「 あら、あなたは好きなの?通報の義務は、私たちにもある。教師や医者などはつよい。アメリカでは通報しなかったらペナルティがある。それもあって、年間100万~200万件の通報がある。誤報も含まれる。ベナルティを受けたくないから。でもそれでもいい。アメリカは義務付けが厳しく、例えば、ベビーチェア(ベビーベット?)を買った証明書がないと出産後の退院ができない。それだけ子どもを保護する、守る。プラス、人権の保障。

司会  「 しょげないでよ~の歌がいいんですよ。、まぁ、本気が問われるのかもしれない。しかし、気づいたときでも、直接行動することは難しい。 」

尾木  「 アメリカのように罰則を作れという意味じゃない。罰則は日本のよさを崩す。日本の伝統的なよさを活かし、地域づくりを大事にしていくことだ。 」

松平  「 児童虐待の早期発見はマニュアル化されていない。みなさんが発見したときには、まずは、子ども支援センターか保健所に連絡。児童虐待をなくすためには、一人一人が力を出すこと。
小児科医者として私は、自分のクリニックの上で子育てひろばを開設している。子どもと遊びながら、親同士で解決する場。子育てにおいて、先輩であれば、教えることができる。日曜日は予防接種のために開院しているが、これはお父さんに子育て参加してもらいたいから。お父さんを教育する場でもある。予防接種はお父さんに連れてきてもらって、その際に話をする。
日本の女性はやさしすぎるから、いろいろと苦労するのだと思う。心に秘める。
それから、今、子ども・子育て新システムができようとしている。お母さん、ぜひ、政治に関心を持って。殻に閉じ籠らず、外にぶつけて。 」

松平  「 私は私で地域の小児科医としてがんばる。地域のお母さんも声を出してほしい。母子手帳はしっかり読んでほしい。50回は読んで。育児書は1人の人が書くと片寄るし、何冊も読むと混乱する。だから、母子手帳がいい。来年大きく改訂される予定。 」

多田  「 地域における教育は楽しんでやりたい。職業体験では●●さん(進行係の方の名前)は飲食関係のお仕事ですが、中学生を朝から受け入れていただき、魚がしに連れていっていただき、朝食を食べさせていただくなどした。ちょうど4日目あたりに子どもが変わる。子どもが変わった、ありがとうございます、と、ケーキを持ってその子どものお母さんがあいさつに伺ったんですよね。そのとき●●さん(進行係の方の名前)は「お礼のケーキはいりませんよ。それよりうちで魚を買ってください。」と話したそうです。そんな会話が地域で起きている。 」

≫≫ここにきて初めて、江戸川区での児童虐待事件の言及。下記、ほぼ発言そのままです。 

多田  「 使命感とか子どもに対する愛情、あるいは勇気。勇気ですよね。勇気をどう持てるかが決め手だった。なんでそのとき、こういうことができなかったのだろうか。たぶん勇気がなかった、あるいは情熱に欠けていた。
お父さんはヤクザでしたから、校長先生方が家庭訪問して、暴力は振るってはいけないことを伝え、これは男の約束だから、やりませんと応えてくれた。一見、収まったというような認識を持った。
しかしそんな簡単なものじゃないっていうことは、専門家からすれば当然なことなんですけど、これはもっと先生ひとりだけの問題にせず、関わったすべてが、つまり、みんなで押さえ込まなかったということは反省するべきところ。
これからそういった悲惨な事件を起こさないために、ひとつは、児童虐待の認識を持つに至るまでの問題をどうするかということがある。泣き声が聞こえるとか、悲鳴が聞こえたとか、暴力をしているところを見たとか。お医者さんがアザを見つけて、認識を持って問題視していただくとか。いろんな角度から情報をひとつに集めなくてはいけない。
その困難性は非常にあると思う。家庭に「あなた、やっているんじゃないですか」と言うこと。それは言えないよとか。いろいろなことがある。その問題をどうやって克服するか、つまり関わる民生委員さんや近所の方を含め、一般市民の方を含めて、どうやったらいいか。
これが児童虐待だったというときには、専門の機関がきっちっとやることになりますが、この場合、どういうふうに連携するかが問題。毎日毎日、家庭と一緒にいるわけにはいかないし、子どもを監視しているわけにもいかない。一時保護所に収容してしまえば別ですが、そうでなくて家庭にそのまま預けていくときには、どうしたらいいか。これも、しっかりしたネットワークとチームワークを持たなければいけない。
私たちは今回のことを受け、猛反省をしているところ。しかし、これは言うべくしてなかなか厳しいところ。厳しいところだが、スタッフを増やして、専門的なノウハウも必要なので専門家を増やしている。そういうことを積み重ねていくのだが、これは、なかなか、その~、ん~、実感としては、なかなか、厳しいところ。
でも、これはぜひとも克服しなくてはいけない。先ほど申し上げた、情熱、あるいは勇気。勇気をみなさんにどう持っていただくか、これに尽きると思います。 」

≫≫ここまで

山田  「 私たちのホームビジティングは、おかげさまで取材を受けることもあって、ビジターになりたいという問い合わせをいただく。でもほかの地域の方はお断りしている。地域の方が地域の方を支える。これが私たちの仕組み。個人でやると、持続性、●●性(聞き取れず)が薄くなる。お住まいの地域に同じような活動があるかどうかの情報提供は手伝う。私たちは市民性を大事にしてる。個人ではなく母体は組織。住まいの地域に活動がない場合は、ゼロから立ち上げにも協力してる。器(組織)ができれば、悩んでいるお母さんの手伝いができるようになる。将来的には一人親のお父さんの助助けもできるようになる。 」

尾木  「 最後の総括をする必要がないぐらい、まとまってきている。今日も若いお母さんが多い。江戸川区は有名。あらほんと、見かけから若いわ。子どもが乳幼児の方、手を挙げてくれる?じゃあ、小学生の人。中高生の人。3回挙げている人もいるわね。
江戸川区は環境がいいから、引っ越してきている。ネットワークが機能しているなと感じる。先駆者になる。期待したい。
山田さんのお父さんの話。お母さんに不幸がくるなんて、お父さんにも不幸。仕事に逃げるのは、不幸。かならずしっぺがえしがくる。日本で男性の育児休暇取得率は2.38%。一方、スウェーデンは80%。日本は、育児休暇を取れる企業への支援が弱い。これは、全体の幸せにつながる。お母さん、お父さん、子ども、企業。みんな。
最後に、学校はがんばりすぎ。もっと子どもに頼ればいい。子ども参加で子どもにリードしてもらえばいい。オランダでは学校が始まるのは4歳からで、4歳の子どもでも、校長先生でも、1票を持っていて、給食メニューについて投票したりする。
それから、お母さん。モンスターにならず協力・協調して。1人の力は弱くていい。 」

以上。

  

私の感想としては、まず、東京JCの主催で行われたこのシンポジウムに、これだけの人が来た、ということにおどろきを受けました。

尾木直樹さんを見たい!という人が多かったと思います。発言ごとに空気が変わりました。聴いていた。オネエ言葉を使うと反応が大きくなりました。

ちいさい子どもを持つお母さんの参加も多いなかでの多田区長の発言は、とても気になるところでした。しかし、上記のとおりです。今もなお、簡単な「ヤクザ」という言葉であの事件を片付けてしまうことに強い遺憾を感じます。しかも、終盤での発言。多田区長には、自分の発言の最初の最初で、ひとことでいいから、触れてほしかった。

子どもは声を出し、それをしっかり受け止め、継続して子どもから聴くことをしなかったことについては、何の言及もありませんでした。とてもとても、悲しい。

東京JCからも子ども本人の死を悼む言葉はありませんでした。まずは、亡くなった子どもへ黙祷をささげてもよいのではないかと感じます。終わった「事件」として扱うのではなく、「ひとりの子ども」に想いを馳せる瞬間があってほしかったです。

亡くなった子どもは、どこで救われるのでしょうか。多田区長の指す「猛省」や「勇気」の中で救われるのだとしても、「シンポジウム」という瞬間にも、「猛省」は続き、「勇気」は発揮されるべきでないでしょうか。

また、会場は子ども連れも受け入れていましたが、暗い満員の会場に、ちいさな子どもたちの泣き声が、最初から最後までこだましていました。こんなにも保護者に向けて告知をしていたならば、なぜ保育をつけなかったのでしょう。子どもたちが、しんどいよ、ここにはいたくないよ、と言っているように思えてなりませんでした。

 

また、このシンポジウムは、事前にインターネット上で質問を受け付けており、江戸川子どもの虐待防止キャンペーンとして6つの質問を出していました。

 詳細はコチラ → 江戸川子どもの虐待防止キャンペーン2010

加えて、東京JC江戸川区委員会の代表の方にもお送りしました。今年の1月末に私たちの活動を、今回のシンポに関する取材にいらしたこともあり、つながりがありました。しかし、残念ながら、シンポでの回答は叶いませんでした。

 

(文責:青木)

 

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